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仔馬の日記

東日本大震災/地域防災/陸上競技/ランニング/釣り/アウトドア/写真/読書/ももクロ/お酒 etc.

5度目の。

 

 

 みなさんは5度目の3月11日をどのように過ごされたのでしょうか。

 

 今朝は5時過ぎに起きて避難訓練にいってきました。避難場所は海から直線距離で900mほどの位置にある愛宕小学校です。

 

 わたしのことを知っている地元の人たちからすると、「なぜ愛宕小学校?」と疑問に思う方もいるかと思います。なぜなら、わたしの実家は、海から直線距離で3㎞ほど離れたところにあるからです。5年前の3月11日も、津波による被害はなく、停電があった程度でした。本来であれば、最寄りの公民館(直線距離で30m!)に避難するわけです。

 

 ここまでくると宮古に住んでいる方、住んでいた方、土地勘のある方、いやでなくともおおくの人は疑問を抱くでしょう。なぜ津波避難訓練にもかかわらず、海側に出向いて訓練に参加したのか。いくら訓練とはいえ、山側の人間が海まで行き、訓練放送を聞いて、避難行動をおこなう。よく意味が分からないですね。不謹慎と思う方もいるかもしれません。

 

 しかし、なぜそういった行動をわたしがとったのか?それはわたしの実家のある地区は、津波被災地ではないからです。津波から避難するという経験がないため、津波を想定した避難訓練を実施しても参加者の数も少ないうえに、リアリティに欠けているわけです。もしもの時を想定しておこなってこそ、避難訓練の価値があるわけです。

 

 だからこそ、実際に津波の被害を受けている地区の避難訓練に参加しました。わたしの行動は賛否が分かれるでしょう。しかし、これがわたしのなかの東日本大震災を風化させないためのひとつの取り組みなのです。f:id:colt-91-12-11:20160311211444j:plain

【 写真1】 水門の封鎖をおこなう消防団

 

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 【写真2】 愛宕小学校の体育館に避難してきた住民

 

 さて、午後からは昨年に引き続き、鍬ケ崎地区を歩き回りました。なぁどの駐車場に車を止め、そこから、(現)魚市場→(旧)魚市場→光岸地→漁協ビル→出崎埠頭と1周。ここを歩いているなかで、なによりも目に留まるのが、旧魚市場付近の建設途中の防潮堤。

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 【写真3】 旧魚市場付近の建設途中の防潮堤

 

 この防潮堤は、津波対策の基準として中央防災会議が定めたL1を想定して建築されたものです。そもそもこの基準は、L1とL2のふたつからなるもので、数十年から百数十年の頻度で訪れる高さの津波(最大クラスの津波に比べて発生頻度は高く、津波高は低いものの大きな被害をもたらす)をL1、数百年から1000年に1度の頻度で訪れるその地域で最大規模の津波をL2、と区分。

 

 昨日もあるテレビ局がニュースでとりあげていましたが、この防潮堤をめぐっては、建設が決まり着工してもなお住民の意見は分かれているようです。肯定派は、今後のさらなる人口流出を防ぐためにも、住居と住民の生活を守る防潮堤を肯定的に評価するわけです。いっぽうで、主に漁業を生業とする人びとが中心の否定派は、作業の不便さとそれによる漁業のさらなる衰退、そしてなによりも海が見えないことが不満・不安であるとして主張しています。

 

 防潮堤の建設をめぐっては、ほかの津波被災地においても数おおくの議論がおこなわれています。そこで、昨日予告していた金菱清先生の『震災学入門――死生観からの社会構想』を開いてみようと思います。

 

震災学入門: 死生観からの社会構想 (ちくま新書)

震災学入門: 死生観からの社会構想 (ちくま新書)

 

 

 本の内容は、

はじめに

1章 いまなぜ震災学か――科学と政策を問いなおす

2章 心のケア――痛みを取り除かずに温存する

3章 霊性――いける聖者にどう接するか

4章 リスク――ウミ・オカの交通権がつなぐもの

5章 コミュニティ――「お節介な」まちづくり

6章 原発災害――放射能を飼い馴らす

おわりに

あとがき

 以上のとおりです。

 

 この本のなかでは、第1章と第4章において防潮堤が登場します。そこでも鍬ケ崎とおなじように、防潮堤を肯定・否定する生活者たちの論理が紹介されています。そのなかでも、やはり「海が見えないこと」が大きな論点であることがわかります。防潮堤建設反対の理由として、「海が見えないこと」が上げられた行政側がとった対応が、防潮堤に「窓」をつけること。f:id:colt-91-12-11:20160311212536j:plain

 【写真4】 窓付きの防潮堤

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【写真5】 窓から海を見てみると

 

それに対して金菱先生は

半分笑い話である。つまり、これで海が見えるからあなた方は納得がいくでしょうという短絡的な発想なのであるが、それが現実の政策として実行されていることは不気味ですらある(金菱 2016: 22-23)。

と痛烈に批判しています。

 

 わたしもこの批判には同感です。海とともに生きてきた人びとのことを、馬鹿にしているとしか思えないのはわたしだけでしょうか。

 

 防潮堤は、人びとの将来の暮らしを守るひとつともなりうるものであり、そのいっぽうで人びとの将来の暮らしの障壁ともなりうるものです。賛否が分かれることは当然であり、避けられないことだと思います。ですが、いや、だからこそ、そこで暮らす人びとの「生活の論理」に目を向けなければならないのではないでしょうか。

 

 さてさて、今日一日をふりかえりながら、『震災学入門』を紹介してきました。この本には、まだまだ興味深いテーマが数多く盛り込まれているので、そのあたりはまたの機会に書いてみたいと思います。

  

*****

 と、まぁ、こんな感じで3日連続で更新することができました。それも結構まじめに(笑)この調子で行ければいいのですが、頑張りすぎても続かなくなりそうなので、ゆるーくやって行こうと思います。

 

 そういえば、今日の魚市場ではタラとドンコの水揚げをしていました。シーズンなので、それ自体はいたって普通のことなのですが、驚いたというかビビったのが水揚げされた魚を狙う鳥たちの多さ。とくにウミネコとカラス。鳥は苦手ではないのですが、さすがにこれくらい集まるとちょっと怖いですね。ですが、このなかを通らなければ目的の場所にたどり着けないので、果敢に突撃しました(笑)なんとか、ウンを付けられることなく、その場から生還できましたとさ。どんどはれ。


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 【写真6】 魚を狙う鳥たち

 

 それでは、また。